あなたは今、なんのために働いていますか? あなたが働いて、大切にしたいものはなんですか?
もしかしたらこの本は、働くということの「夢」を見せてくれるかもしれない。題名は『稲荷町グルメロード』。
主人公、御掛名幸菜(みかけな ゆきな)は大学三年生。そつなく大学生活をこなせたけれど、将来の展望はなく、胸を張って言えるような経歴も資格もないままで、ただ漠然として社会に出ることに不安を抱いていた。そんな彼女が偶然友人と見つけたのは、祖父母の住むあおば市が出す、商店街の活性化のための若きアドバイザーの募集だった。なんと報酬は年額にして二千五百万円!
緊張と高揚を混じらせ、自分なりの最大の準備をして向かった彼女だが…社会という壁を改めて思い知り、自分はまだ未熟で子供なのだ、と痛感する結果に終わった。今まで自分は何を成し遂げてきたのか、生きてきた意味はあったのだろうか、と考えるほどに打ちのめされる。
そんな彼女に声をかける若い男の人が一人。瀧山クリスという彼は、彼女と同じアドバイザーの募集に参加し、合格した相手だった。彼は彼女に「ゾンビロード」とまで称される商店街の、今もひっそり息づく良さを垣間見せ、「この商店街には借りがある」と明かした上で勧誘する。「幸菜にも、手伝って欲しいんだ」。
稲荷町商店街の活性化に絡む大人の事情に、行政と地元の軋轢。住む人たちの考え、願い、あるいは打算と意固地。そして、時に後悔、時に未来を見据えるからこその懊悩。それらは全て、働いたり、生きたりして、感じた物事があるからこその気持ち。幸菜とクリスは商店街の人々にあるそれらに触れながら、彼らの生きる稲荷町商店街を「グルメロード」として蘇らせるために奔走する。
二人は商店街にいかなる変化をもたらすのか。クリスの商店街への借りとは。そして、幸菜と商店街と人をつなぐ「縁」とは。運命なんてものじゃなくて、都合のいい偶然が重なってやってきた若者二人の働く姿に、読む人は考えるのではないだろうか。
働くとはなんだろう? 自分の人生で大切なものは、何だっただろう? 働く困難にぶち当たった時、働くのに疲れた時、働いて嬉しかった時、自分は何を感じただろう? 自分はどうして今、働いているのだろう?
それらの答えはいつでも、「夢」として自分の傍らにあるのではないだろうか、と。
T・S